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大阪地方裁判所 昭和55年(ヨ)1758号 決定

申請人

東京硝子器械株式会社

被申請人

合名会社日興化学商会

上記当事者間の頭書仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり決定する

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第1当事者の求めた裁判

(申請人)

1  被申請人は別紙物件目録二記載の連結式試験管立台(以下、ロ号物件という)の製造、販売のための展示をしてはならない。

2  ロ号物件の完成品、半製品、その製作用金型、宣伝用パンフレツト、カタログに対する被申請人の占有を解き、大阪地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

(被申請人)

主文1項と同旨。

第2当裁判所の判断

1  申請人が次の実用新案権の権利者であることは当事者間に争いがない。

考案の名称 試験管台

出願日 昭和43年5月29日(実願昭43‐44604)

出願公告日 昭和48年10月19日(実公昭48‐34694)

登録日 昭和49年7月5日(第1045497号)

実用新案登録請求の範囲

底板のうえに筒子を起立状態に形成し、この筒子の上部筒口をそのまま開放し、下部筒口を適当の手段により外部に開放し、前記底板には前記筒子より半径方向に張出する突条を設けたことを特徴とする試験管台。

2  次に、被申請人がロ号物件を業として製造販売し、または販売のために展示していることも当事者間に争いがない。

3  申請人は、ロ号物件の構成は前記実用新案の技術的範囲に属する旨主張するので検討する。

1 まず本件考案の構成要件は次の(1)ないし(3)の3要件に分説するのが相当で、このことは当事者間にも争いがない。

(1)  底板のうえに筒子を起立状態に形成し、

(2)  この筒子の上部筒口をそのまま開放し、下部筒口を適当の手段により外部に開放し、

(3)  前記底板には前記筒子より半径方向に張出する突条を設けた

ことを特徴とする試験管台。

そして、ロ号物件が試験管台であつて、その構成中に上記(1)および(3)の構成要件を充足する部分の存することは被申請人も明らかにこれを争っていないからこれを自白したものとみなすことができる。

被申請人は、(3)の構成要件に関連して、ロ号物件の突条8は底板2の筒子基部を補強するために設けられたものである旨主張しているが、かりに該突条が所論のような目的で構成されたものであるとしても、その構成自体が客観的に本件考案の(3)の構成要件にいう突条の構成をそのまま充足していること、および上記構成により「試験管を逆向きに置いたときその管口線は前記突条8だけで支持され、底板上面とのあいだに間隔が残されるため、管の内面に附着している液体が管口縁に集まつても、そこから底板に滴下し管口縁に残留するおそれはなく、……」(本件実用新案公報2欄22行目から27行目まで。疏甲第2号証)という本件考案所期の作用効果しうることには相違がない。

また、ロ号物件がその両側板3、3にアリ(突堤12)とアリ溝(スライド溝11)を設け、所望数連設しうるような構成を採用しているのに対し、本件考案はこのような構成を技術的範囲にとりいれていないことも被申請人主張のとおりである。しかし、このようなロ号物件の構成部分は、たとえそれが新規有用な構成であるとしても、単にその余の構成に附加されたものにすぎないと解すべきである。したがつて、前示のようなロ号物件の構成要件充足性を左右するものでないことはいうまでもない。

2 そこで、次にロ号物件が(2)の構成要件を充足するかどうかについて検討する。

上記要件にいう「筒子」が中空の筒子を指すことはそれが上部、下部各筒口を有し(外部に)開放されている構成のものとされていることからして明らかである。そして、ロ号物件が中空の筒子7を具有していることも明らかである。

本件における主たる争点は、ロ号物件の筒子7が(イ)一方で「上部筒口をそのまま開放し」、(ロ)他方で「下部筒口を適当の手段により外部に開放し」となつているか否かにある。

((イ)の構成の存否)

ロ号物件の筒子7の上部筒口にドーム状の蓋13が嵌入されていることは当事者間に争いがない。したがつて、この限りではロ号物件の筒子7の上部筒口は「そのまま開放」された構成をとつていないこと被申請人主張のとおりである。しかし、蓋13が着脱可能であることは被申請人も自認するところであつて、現に疏明(疏甲第8号証-被申請人のパンフレツト-)によると、被申請人は前記蓋13を「表示キヤツプ」と称し、試験管台本体と別のものと観念し、これを色分けすることによつて検体の識別、表示に利用できると解説し、着脱可能であることを図解によつて明示していることが一応認められる。そして、これらの構造および使用説明によると、ロ号物件は蓋を付けない状態でも使用可能な構成を有しており、その場合には筒子7の上部筒口はそのまま開放されていることが明らかである。

そうすると、ロ号物件はその構成中に(イ)の構成要件を包含しているといわなければならない。

((ロ)の構成の存否)

しかし、ロ号物件は次のような理由により、前記(ロ)の構成要件を具備していないというほかない。すなわち、

(1)  まず、本件考案が(ロ)の構成要件を採用した趣旨目的をその公報(疏甲第2号証)の詳細な説明欄によつてみるに、それは、例えばいま一つの実施例によると、試験管を筒子に逆向きに置いた場合、底板に設けられた突条の作用(試験管口縁が底板の上面に密着状態にならないという作用)と相俟つて、「管内と外部とが連通し、さらに前記開口10および筒子7を介して管内と外部とが連通しているので、通気作用が積極的に行われ、管内面に附着している液体を迅速に乾燥させることができる」点にあること(公報2欄29行目から33行目まで。ただし、棒点は当裁判所が付加したもの)、なお、上記効果を達するためには「底板6の突縁9に開口10を穿ける代りに、筒子7の根部に横孔を形成してもよい」とされていること(同3欄6行目から7行目まで)が一応認められる。

そして、ここに記載されている(ロ)の要件の実施例である開口10の構成およびこれに代るものとして示唆されている筒子7の根部横孔の構成によると、ここに「適当の手段により外部に解放し」とは単に筒子内部が気密でないという程度では足りず、筒子内部の空気の換流を容易にするために試験管台の外部に直接開放された構成の開口部の存することを指しているものと解さなければならない(叙上の公報記載が(ロ)の構成要件の単なる実施例にすぎず(ロ)の構成要件の具体例はこれらに限られないことは申請人所論のとおりであるが、もともと本件考案中の(ロ)の構成要件は極めて機能的な表現によりクレームされており、本来物品の形状、構造等にかかる考案であるべき実用新案のクレームとしては不適当かつ好ましくないものであつて-実用新案法1条参照-、かかるクレームを解釈する場合にはいきおい他の場合にも増して、その実施例の示す具体的な形状、構造を重要な手がかりとするほかないわけである)。

(2)  そこで、以上のような見解に基き、ロ号物件の構成をみるに、ロ号物件の筒子7の下部筒口には前示のような切欠開口、筒子根部横孔またはこれと同効をもたらすような構成(すなわち、試験管台外部に直接解放されるようにした構成)はこれを見出しえないことは一見して明らかである。

かえつて、ロ号物件では、その底板2の裏面に切欠開口のない突縁9を四面に張りめぐらせてあるほか、仕切枠15が設けられていて筒子7の下部筒口14と受孔5とが完全に遮断されており、また筒子7の下部筒口14も2個毎に仕切枠16をもつて互いにほぼ遮断されており、筒子7の筒口14は外部と直接連通されていないことが認められる。もつとも、ロ号物件においても、筒子の下部筒口相互ことにその1枠内の2つの筒口相互は互いの筒子を介して外部と、迂遠ではあるが、通ずる状態にはなつている(このことは、筒子6個全部に試験管を逆向きに置いた場合でも、更に迂遠にはなるが、同じである)。しかし、この程度の通気構造をもつて本件考案のクレームにいう「適当の手段により外部に開放し」た構成と解しえないことは前記(1)の説示によつて明らかである。

そうすると、ロ号物件は(ロ)の構成要件を欠いているといわなければならない。

3 はたしてそうだとすると、ロ号物件の構成は本件考案の(2)の構成要件中の(ロ)の要件すなわち「(筒子の)下部筒口を適当の手段により外部に開放」するという要件を欠くから、全体としては本件考案の技術的範囲に属しないものである。

4  そうすると、被申請人が業としてロ号物件を製造販売し、または販売のために展示することはなんら申請人の本件実用新案権を侵害するものではない。

したがつて、本件仮処分申請はその被保全権利を欠くものであり、また本件は事案に照らし被保全権利の疏明にかえて保証を立てさせてその申請を認容することは相当でない

よつて、本件仮処分はこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法89条を適用して主文のとおり決定する。

(畑郁夫)

〈以下省略〉

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